人の話を聞くのが好き、と嘘
人の話を聞くのが好きなんです、
の人にはいくつか種類があると思ってて、
そのうちの1つの話。
けっこー長いこと好きなオードリーの若林が、いろんな方面で活躍していて、いろんな方面から脚光を浴びているなーと思います。
南キャンの山ちゃんとかAKBの指原とか、自虐から入ってきて、そっちの仲間ですよーな感じで下から足技かけてくるタイプのムーブに見せかけて、、、
見せかけてると思いきやそこを徹底しているのが若林のすごいところだと感じています。
できない人の気持ちがわかるトークだし、多様性を受け入れているトークなのが聞いていて気持ちがいいし、共感も呼んでいるんだと思います。
そんな若林の話を聞くのが好きな僕ですが、それって純粋に他人の話を聞くのが好きなんです、ではなくて、
その他人の話はあくまでも自分の気持ちを上手く言語化してくれているもので、
あたかも自分のことを話してくれていることからくる気持ち良さなんだろうなって思っていて、
そうしたときに、私人の話聞くの好きなんですぅ、って言ってくる女のそうじゃない感じも納得できるというか、そうだよねというか、
結局お前のターンばっかじゃん、になるというか
それがいけないことでも別になんでもなくて、
人の話聞くの好きなんです、って言う人に対して僕が思うことです、という内容です。
久しぶりに書いた内容が薄っぺらい感想でした。
ベンチャーと大手 その他大勢の生き方
と転職を重ね、思ったこと
自分は特にすごくないということ
1社目である程度いい感じに結果が出ていたこともあって、
きっと自分はできるんだ、と自惚れていたんだろうと、やっと気づきました。
ベンチャーで若いうちから責任ある仕事して、キャリア作って、いい給料もらって、
なんていうのはきっとごく一部で、
でも、これはどの世界でもきっとそうで、比率は変わらない、きっと上位数%なんだろう。
と、考えた時に、その上位数%には入れない、その他大勢としてどう生きていくか。
給与、福利厚生、その会社の従業員であればその他大勢でも誰でも受けれる恩恵を授かっていくのが無難なのではないか、
そう思いました。
そして30歳にして早くも3回目の転職。
これで最後にしよう、とそういった思いで、もう一度大手に戻ることにしました。
ちゃんと身の丈にあった生き方、
なんかきっとその場その場でブレる時が来るだろうから、
その度にちゃんと大したことないことを思い出すようなメモです。
ベンチャー企業ってこういうことなんだなあという体験とゴミな2022年1月現在の自分
転職をし、今月からいわゆるベンチャー企業で働いています。
業界も職種も違う、キャリアチェンジの転職をしたので、お給料も激減しています。
転職前は、一部上場のいわゆる昔ながらの部分もある内資企業に勤務していたので、ギャップに日々驚かされています。
(とても低レベルな話ではありますが…。)
まず、広いワンフロアのオフィスで、社長から派遣社員まで皆が同じ空間で働いています。
社長がその辺歩いている環境は大企業に勤めていた身からするととても新鮮です。
そして、ベタに任される仕事の幅と量が違います、広いし多いです。
部署の先輩から「とりあえずこのチームを任せるので来週から引き継ぎに入ってもらいます。さっき僕らで話して決まりました(笑)」と、いきなり言われました。
中途採用なので当然と言えば当然かと思いますが、ただその業務経験もマネージメント経験もない状態でいきなり丸投げされるのか、
それもさっきその場で軽く話して決まるのか、
すごい世界だなあ、と感じました。
もちろん転職時にこういう環境を望んでいたので、楽しみで前向きな感情ではいますが、
それと同時に今までの環境がいかに恵まれていたかも改めて感じました。
自分の人生の価値観をどこに持つか、
もちろんライフステージによっても変わってくるのかとは思いますが、
少なくとも私は、もう少し早くこういった経験をできる環境に身を置けばよかったなあと、
改めて感じています。
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ここまでが去年の転職したばかりの自分が書いた文章です。
下書きに残ってました。
なんかタイムカプセルみたいです。
2022年1月現在はというと
結局1年で転職をしています。
何をしても続かない人間だな、と。
会社や仕事、上司や同僚の愚痴も日に日に増していき、
結局自分自身を正当化して逃げるように転職。
そのツケが回ってきたのか、
次の転職先でなんと前職の上司と同じチームで働くことになるとは。
今年も同じことを繰り返すのか、そう思うと入社前から憂鬱な気持ちになりますが、
心機一転いつも通り続かないやる気で出だしは乗り切りたいです。
そういえば、昔から新しいノート、新しい日記、新しい文房具、使い始めては使い切ったことのない人間でした。
こんなに大人じゃない大人っているのだろうか。
やりたいことをやろう、の時代。
自分に都合よく捉えて甘えているだけなんだろうな、と。
こうやって少し自戒的に書くことで誰かに叱ってもらっている気持ちにでもなって結局何も変わらず成長しないんだろうなあ、と。
でも、少しは変わりたいな、と。
もう一度一生懸命仕事をすることと、
あとは人に対して思いやれる人間になること。
今年のテーマは
「深める」「繋げる」「広げる」
なんて偉そうに友達に語ったけど、
もっと誰でもできている、人間として当たり前のことを目標にしないといけないレベルの人間だということを忘れずに生きないといけないと、
思っている(けど、きっと本当は思っていないゴミだな、と。)
ないものねだり
ないものねだりの極み
昨年12月
前職で半年ちょい住んでいた福岡に1週間旅行に行きました
その時の先輩、友達、後輩たちを巡る旅
エモさを追い求め懐かしむ旅
転職をして得たもの、失ったものいくつもありますが、
その中でやはり大手の生活水準は大きいなあと改めて思いました。
少し切なくなりました。
ゴルフして、買い物して、飲んで、
独身ならお金を気にせず遊べた頃が懐かしくなりました。
その中で自分の尊厳を保つために、その人たちに
「好きな場所で楽しそうに過ごしていてうらやましい」と思われるような、言われるような立ち振る舞いをしていました。
自分自身の今を肯定することはとても大切で、せめて自分だけは今の自分を好きにならないといけない、という気持ちは理解しているし、やはりそうした方が心も豊かにいられることも理解はしているものの、ふと我に返った時に、切ない気持ちになりました。
とても楽しい1週間だったけど、自分はもうあの頃には戻れない、あの人たちにとっても過去の人であって、それ以上でもそれ以下でもない。
エモさを追い求めて福岡に行ったけど、帰ってきて少し虚無感がありました。
帰ってきたら帰ってきたで、あたかも福岡が楽しかった、自分は昔の人たちともしっかりつながっているんだ、ということを示すために振舞っているなあと思うと、果たしてなんなんだろうと、若干の自暴自棄になりました。
今から逃げて過去にしがみつくような真似をしていては何も生み出さないし、結果的に自分の精神衛生上よくないなということを思い知らされました。
今繋がっている人を大切に、今一緒に時間を過ごしている、今の人生を作っている人たちを大切に生きなければいけないよな、と改めて感じました。
でもそれを積み重ねてきたからこそ、過去の思い出はエモくて少し懐かしみに甘えたくなるのかもしれない、と自分だけはそれを否定しないようにもしたいという矛盾だらけの感情です。
折り合いの付け方
2021年、公私共に新しいことへの挑戦で始まりました。
転職と同棲。
後者について。
付き合って1年半になる彼女と同棲をすることになりました。
とはいっても、直近半年以上は遠距離をしていたので、
1年半の濃さで言うとそこまで濃いものではないです。
これといった不満はないけれど、満足かと言われるとそういうわけではないのが現状で、
感覚として(というよりかはこの間言われましたが)もお互い「好き好き一緒にいたい」ではない中で同棲をしています。
同居人、という言葉が正しいくらいの感覚です。
友達に相談をしたところ、
「楽しい時間は誰といても楽しい。大事なのは楽しくない時間をお互いに向き合えるかどうか。」
と、言われました。
たしかに納得。
感情的にならず、建設的に解決に向けた話し合いができる人であることは事実で、
仮に今後結婚をしたとした時にいいことであることは間違いないです。
彼女のご家族がとても良かったとか、地元に住んでいるので子どもが産まれた時も楽だろうとか、
その先を考えた時はメリットが多分にあるんだろうとは思います。
思ってはいるんですが、、、
本当にこれでいいんだろうか、という気持ちが心のどこかに常に存在していてこんな内容のブログを書いています。
みんなどうやって結婚しているのだろう。
嫌いではないし、別れることにメリットもないからこのまま続けていくのだろうけど、
結婚するには勢いが足りなさすぎは気がします。
理想と現実?という話なのでしょうか。
承認欲求の塊である自分が、
相手から必要とされている感じがしないこの状況はかなり危機的状況に瀕しているような気もします。
どうやって気持ちの折り合いをつけていけばいいのか模索中です。
薄情な人間なのか
転職しました。
そして引っ越しました。
4年9ヶ月お世話になった会社を退職することに決め、現在有給消化中です。
転勤2場所目をたった9ヶ月で去ることになりましたが、
出会った人たちのおかげで、
コロナ禍にも関わらずとても楽しいものでした。
寂しくて泣きました。
いざ、その地を離れ、新しい土地でまた生活を始めることになり数日、
あれ?
なんかもうその人たちが薄れてる?
そう感じました。
物理的な距離が自分の人間関係にこうも大切だったのかと思うと同時に、
あまりにも薄情な人間なのではないかという気持ちになりました。
人との関係を続けていくことがこんなにも難しいことなのか、
それは今までもそうではあったけれども、
今回改めてそう感じました。
今は便利な時代で、SNSで繋がりを持ち続けられるからまだ良かったけれど、
ひと昔前だったら自分の人間関係はどうなってしまっていたんだろうと思います。
みんなそんなものですか?
部活感
就活時代の友人(友人と呼んでもいいのだろうか。)が、Facebookで転職をしたという投稿をしていました。
ちょうどそんなことばかり考えている時で、
思わず連絡をしてみて、
就活ぶりに話すことになりました。
いろいろと自分の気持ちを考えながら、
話を聞いていると、
最近ずっと悩んでいたことがスッと解決したような気が。
何をしている時が楽しいのかよくわからない、
そんなことを思ってばかりいたけれど、
自分が今一番求めているもの。
「部活感」
みんなで同じ目標に向かって、
あーでもない、こーでもない、
そんなんことしてる時間が好きだと気づきました。
好きなラジオも、部室感、内輪感。
大きい会社じゃないのかもしれない。
転勤でコロコロ人が変わるような職場じゃないのかもしれない。
今までで1番スッキリした気持ち。
これは、きっと転職活動始めると思います。
というか、始めます。